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2009年11月

2009年11月29日 (日)

うたた寝は三文の得

今日(29日)の天気予報は「曇りで、午後から雨マーク」であったはずで、実際昨日の安中貨物(81-78)を地元で撮った時にも曇り始めていたので、全く信じ込んでしまっていた。「北斗星は133だけど曇りだったら冴えない写真しか撮れないなあ」と思いつつ、撮影場所も決めかねていたまま、夕食後愛犬とうたた寝してしまって、気が付いたら深夜1時。念の為天気予報のサイトをチェックすると、様子がおかしい・・衛星画像、天気図、ピンポイント検索とチェックしてゆくと、どうも朝9時くらいまでは晴れそうだ。しかも、北に行くほど天気は安定しているようにも見えた。「ゲッ」と思いつつ、既に電池の充電を始め、無意識のうちに脳ミソの中では完全に出撃命令が下っていた・・もし普通の時間に就寝してしまっていたら天気予報の変化に気が付かなかったかもしれない。「うたた寝は三文の得」ということもある・・3:20に目覚ましをセットして起きたが、星は見えるものの全体に薄い雲が広がっている。また、いつもの「晴れたら片岡~矢板。雲ったら蒲須坂」のつもりで4時に自宅を出発。朝練出撃の時にはおきまりのFM79.5を聞きながら一路東北道を北へ。今日は118日のようなハプニングもなく、現地に到着すると5:50過ぎだった。まだ夜が白み始めたばかりであたりは真っ暗である。先着の関西のナンバーの方の車が一台だけで、どうやら2番目のようだ。お蔭でポジションは選び放題であったが、有名な角度だと電波塔のような鉄塔が個人的には邪魔なのと、またまた望遠病が首をもたげ、正面がちに133のヒサシと上り勾配を強調すべく低いアングルに小細工して、三脚をセットしてみた。雲はなくピーカンで、太陽は背後の野球場の後ろから力強く照り始め、前方の那須方面の山々もくっきりと見え始めた。車の外気温計は3℃を指しておりまさに冬の寒さであったが、背景の木々は色づきまさに晩秋の景色だった。やはり光線が良いと写真の出来も良いもんだ。惜しむらくはあまりに正面から陽がさしていたのでヒサシの影が全く出なかったことだが、それは贅沢というものだろう・・戻りの東北道の周辺も紅葉が盛りで清々しい朝だった。(写真・文:TBlog_20091129

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賛否両論

この前書いたが、前回鉄道写真を撮ったのは今年1月のEF55のサヨナラ運転だった。ということは、このブログが始まってからは本格的な鉄道撮影には行っていないことになる。

今年ももうあと1ヶ月、15歳から鉄チャンを始めてこれまで35年間で延べ1885日を鉄道撮影に費やしてきた(他に航空機撮影は868日間・・・)が、これほど1年間で出動しなかったことはない。

要は「燃えるものがない」のである。TさんやUさんの様に上越や東北のブルトレも撮りたいが、撮影地もよくわからず、早朝であり、また人が多く場所取りなども面倒くさい。ロクイチ在りし頃は、そんな「行かない理由」など微塵も考えなかったし、逆に何があっても「行かなければならない理由」を作り出していた。

そんな中、秩父鉄道のC58のデフが変わったので久しぶりに行ってみた。私の場合、本当の意味で現役バリバリの蒸機は末期の夕張線のD51と追分の96だけであるので、変な装飾やヘッドマークさえ付いていなければ、それほど(ゴハチのように)形態などへの強いこだわりはない。

昨日の朝のC58であるが、見た瞬間「C63?」想像してしまったのは私だけであろうか。

久しぶりの鉄であったが、C58にヘッドマークが付いていたので下り列車を真横から流し撮りしただけで、午前中には帰宅の途についた。

さて、次の「鉄」はいつになることか。。。

(写真・文:K.M.)

C58363km

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2009年11月28日 (土)

81-95北斗星

おとといの夜上野で見送った81-95が戻ってくるので、天気が良さそうなこともあり一応出動することにした。宇都宮以北への遠出も考えたが、冬の時期に矢板あたりで7時半頃だと光が良いとも限らないと考え断念。118日に撮った時はあまり綺麗でないのでがっかりしたが、今日は望遠で、できるだけ正面から「赤い顔」を強調してみようと思った。(私もこのサイトの仲間の方々同様に「慢性望遠病患者」の一人なので、側面のEF81の文字には全く興味がない・・)以前Uさんがご披露されていた浦和橋もちらっと考えたが、どうもあの場所は陰気臭くて長時間居たいとは思わない。他に選択肢が思い浮かばないので定時で来れば被りのない西川口へ。さすがにホームでの駅テツは、場所とりと人の多さで嫌になるが、あそこであれば高い三脚を使えば最悪でも上からブチ抜けるだろうという読みはあった・・現場に通過の約1時間半前に到着し、最前列には中学生諸君が固めていたが、案の定場所は楽勝で確保できた。ここでは8月に79の北斗星をなかなか良い光線で撮れた記憶があったので光線は全く気にしていなかったが、あれあれ、この季節だと光が回ってド正面だ。蕨のSカーブよりは条件は良いと思っていたが、まあ仕方ない・・角度的にはもっと正面がちに撮りたかったが、「白線の内側」だとこれが限界。まあ、カシガマではないので、頭だけ吹っ飛ぶことは免れた。本当に、撮影場所の新規開拓をしないとワンパターンの写真ばかりだ・・(反省)

それにしてもUさんの資金力にはいつもながら驚かされる・・ウチは白レンズひとつでカミさんの韓国旅行とバーターだと言うのに、何とも羨ましい限りだ・・明日は、また大サービスで133が入るようだが、天気も悪そうなので出撃するかどうかも迷っている・・さて、敢えていろいろ文面の中で弄ってみてはいるものの、K氏、I氏は最近なかなか登場しないなあ・・(写真・文:T

P.S.:テレビのニュースを見ていたら、前原大臣が「視察」と称して、秩父鉄道の機関士の制服に身を固めてC58363の運転台に座っていた・・彼のサイトを見てもその「鉄ちゃん」ぶりは正真正銘であるが、これはやや公私混同ぽいなあ・・(失礼)Blog_20091128

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2009年11月27日 (金)

磐越東線

今日はニコンの新型D3Sが届いた。高感度特性に磨きをかけムービー機能やごみ取り機能が付いた決定版だ。さっそく会社をさぼって京阪電車を試し撮りしたが、なかなかのものだ。D3でもすでにじゅうぶんとも言える性能を有していたが、それをさらに上回っているのは明らか。バッファメモリも増設され14ビットRAWとJpegの最高画質でも20コマ以上の連続撮影が可能。これで価格がD3とほぼ変わらないのだから大した進歩だ。明後日早朝、新潟からの臨時「つるぎ」は曇天になりそうだが何とか撮れるだろう。

それにしてもT氏の熱心さには脱帽。僕も鉄道撮影に復帰して極端に〝出撃〟を繰り返したがT氏も凄い。通勤に上野駅を通るという絶好の条件が揃っているのもうらやましい。雪を付けて上ってくる夜行列車の好写真がそのうちこのブログを飾ることを期待したい。

最近、K氏やI氏の寄稿が減ってちょっと寂しい。A氏によると風の噂ではK氏は相変わらず熱心に撮影に出向いているようで喜ばしい限りだが、大阪に来てからは一緒に出掛けることもなくなって残念。EF81好きの彼のことだからいずれ大阪にもやって来て「日本海」「トワイライトエクスプレス」などを一緒に撮れる日を楽しみにしている。

今日はそのK氏と撮影した磐越東線に入ったスーパーエクスプレスレインボー。95年ごろの撮影だったと思うがはっきりしたことを記憶していない。福岡の転勤から帰って、スノープロー付きのDD51が撮りたく、何回か通った磐越東線に入った際にK氏と行った。逆光で編成の記録としては価値のない写真だが、こうしてみるとちょっとフォトジェニックな感じも受ける。自画自賛的な一枚だが、大阪に手持ちの画像が少なくこんなものをアップする。

(写真、文 U)Photo

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2009年11月26日 (木)

上野駅13番線

このサイトのカウンターもいつの間にか、3万をヒットしていますね。立ち寄って頂いている皆様に只々感謝です・・

今日は結構早目に仕事を切り上げられたので、上野を通りがかったのがたまたま19時前。私の場合、銀座線から乗り換えて中央改札を入るのが日課なので、時々時間が合うと「北斗星」や「あけぼの」を見にふらっと13番線ホームに行ってしまう。今日はカメラも持っていなかったが、19:03発の「北斗星」をただ見るだけにホームに向かった。既にお客さんも概ね乗り込んでいて、夜行列車独特の雰囲気を醸し出していた。ちょっと車内に足を踏み入れると、あの何とも言えない寝台列車独特の匂いがする・・上段の寝台から見下ろす人、早速お弁当を食べ始めている人、家族で記念撮影する人等々眺めながら先頭を見に行くと、今日は何と95号機であった。14番線側まで合わせると最終的には20人は群がっていたであろうか。みんな思い思いにデジカメや携帯を向けている。いつも眺めるだけだが、私も無性に夜行寝台に乗りたくなった。我々は「撮り鉄仲間」ではあるが、みんなで夜行寝台でどこかに行くのも悪くないかもしれない・・そうこうしているうちに、定刻に1レは汽笛を鳴らすこともなく北に向けて静かに発車して行った。眼前を通過する食堂車のおねえさん達が直立不動でホームに向かって立っていたのが印象的だった・・これで土曜日の2レはまたまた95ですね・・天気予報は快晴ではなさそうだし、95は上野方がいつの間にか2エンドになってたし、微妙だナ・・(写真・文:T

ダイヤ改正直前312日の上り「あけぼの」 @上野駅13番線 今年もそろそろ雪の季節だ・・Blog_20091126

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2009年11月25日 (水)

航空機の究極の美(B747SP)

今年に入って鉄道写真を撮ったのは1月のEF55のサヨナラ運転と10月に地元の田園都市線に行った、わずか3日間。それに比べて航空機撮影は45日間を数えている。

23日の月曜日も、Tさんコメントのとおりイラン航空のB747SP狙いで成田空港に行っていた。

航空機が究極の美を見せるのは「離陸の瞬間」、いわゆるエアボーンのときだと思う。あの巨体のすべてが空気に持ち上げられて空に舞い上がる瞬間、エンジンもどのときよりもパワーを出さなければならない。

ところがこのところの新鋭機はエンジンの出力も高いのか、またバランスが良いのかわからないが、メインギアの車輪が浮く瞬間の機体の角度が結構浅い。B777やA340などはある意味「滑らかに」ふわっと浮いていく。

その点ジャンボジェット、B747は上昇角度が結構深く、機首をかなり上げてから浮くので、そんなところもジャンボが好きな理由の一つである。ジャンボの中でも短胴のB747SPは、その角度が他のどの機種より深く、ぎりぎりまで背伸びしてから浮き上がるとういう感じで、SPを撮るときはなるべく浮く瞬間を狙うようにしている。

成田でこのようなショットを撮るには展望デッキからとなるが、夕方の離陸のイラン航空の場合には逆光となるので曇りの日に限られる。

23日は朝こそ曇っていたものの、予報どおりその後は快晴になった。15時過ぎの離陸をどこで撮ろうか考えたが、光優先で外周から狙った。ソウル経由なので早めに上がってしまうが、その分車輪が全部格納された綺麗な姿のショットとなった。

(写真・文:K.M.)

2009年11月23日 イラン航空 EP-IAA 成田空港にて

Epiaa

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2009年11月23日 (月)

99の北斗星

Uさんには温かいお言葉をかけて頂いているものの、ややこのブログも皆さんの投稿が少なくなっている分、小生が私物化しているようで正直申し訳ないと思いつつ、そうは言ってもネタがないのでまたまた皆様見飽きた定点観測ネタでご勘弁ください。今朝も早朝の天気はドン曇りだったので「あけぼの朝練」は軟弱にもパス。でも、小生の分析では西から急速に天気は回復していて、6時の富士山ライブカメラでも山が見えていたし、北斗星通過の8:50までには何とかなりそうな読みであった。案の定、16号を走っているうちに、北の方には真っ白に雪化粧した日光連山に朝陽があたり始めていた。定点観測場所に到着したのが、通過の約1時間前であったが、誰もおらず、余裕で三脚をセット。昨日同様今日も朝方は結構冷えていたが、到着時にはまだ上空を覆っていた雲も次第に晴れ始め、結局ISO2501/8007.1で切れる程に綺麗に晴れ上がった。今日は、陸橋の上も含めて誰も同業者はなく、99のカシガマ北斗星を独り占め。(991エンド側で92よりはGoodかな)これで799299と順光で北斗星牽引の姿を記録することができた。Uさんのように腕も道具も良くないド素人にとっては、写真の出来はまだまだお天気頼みである・・そう言えば11/3の文化の日には92だったし、今日は11/23で勤労感謝の日。祝日にはお祝い気分でカシガマを入れているのであろうか?(・・そんな訳ないか)ところで、81-81は宇都宮常駐になってしまったようで、最近はなかなか土日の北斗星運用には入ってくれない。81号機は何枚も写真は撮っているもののなかなか天気に恵まれず、光のいいこの時期に是非きちんと決めておきたいのだが・・今日は月曜だしこの後成田に行けばきっとKMさんのご披露されていたIRAN AIR747SPを撮れるのかもしれないと思ったが、家内と近所に買い物に行く約束もしていたのでこちらも軟弱にもパスしてしまった・・

P.S.:昨日のフレンチも絶品であったが、今日の昼は家内と地元のカレー専門店へ。欧風ビーフカレーセットは、まろやかなコクがありGoodだったし、おまけの黒胡椒チキンも美味しかった・・(写真・文:TBlog_20091123

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お久しぶり

すっかりこちらのブログの方ご無沙汰してしまった。「言い出しっぺ」のくせに転勤にかこつけて怠けてしまって申し訳ない思いだ。最近はすっかりT氏に「おんぶに抱っこ」状態。今、最も鉄道撮影に入れ込んでいるT氏ゆえ、撮影地の状況など最新情報が入って参考になる。先日の正面に日が当たるEF6437の「あけぼの」などは足繁く通った成果に他ならないショットだと拝見した。

転勤後、約一月の間に3回も帰京しているのに鉄道撮影はたった一回というていたらく。日の出も遅くなって僕のメインターゲットでもある「北陸」が撮れないから、「朝練」に行く気力がないが、それ以前に腰が重くなった感もある。来週からの週末は大阪にいることが多くなるから、キハ181の「はまかぜ」など、新たなターゲットを開拓してみたい。
振り返ると我々の仲間はEF5861などを中心に撮影してきて集まった面々で、その活躍は団体臨時列車などが多かった。そのせいもあってカメラを向ける多くが定期列車よりも団臨に集中したきらいもある。特に「偏食」の自分などは、当時上京してくる宮原のゴハチ牽引「銀河」や荷物の32列車などはしっかり撮るくせに、その前後の「あさかぜ」「はやぶさ」などをパスしたことさえ一度や二度ではない。告白すれば高校から大学生だったこともあってリバーサルなどはゴハチ中心。EF65Pのブルトレなどはモノクロフィルムに数コマ残っているだけのありさま。実にもったいない選り好みをしてきてしまった。
今、それを痛切に感じるせいかイベント列車などが走っても、メインの被写体は定期列車にあると考えを固めている。
例えば昔だったら間違いなく行くであろう、間もなく八戸~青森で走るDE103重連のブルトレ編成のイベント列車などは良い例だ。こういうイレギュラーなお祭り騒ぎに乗せられ、そこまで行っておきながら定期列車を撮らないなどといった「怠慢」を繰り返してきた。
けっきょく写真の記録性をもっと重視するなら、定期列車をしっかり記録しておかなければならない。そういう意味でも今後は「日本海」「きたぐに」「トワイライトエクスプレス」など大阪で気軽に撮れる定期列車(一部は臨時だが)の記録にももう少しまじめに取り組んでいきたい。

久しぶりの登場で、なんだかまとまりのない文面になってしまった。

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1977年の春頃に水上機関区で撮影したDD201号機。こちら側から見るとなんだかエイの腹側の表情にも見える。

(写真・文 U)Dd201

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2009年11月22日 (日)

133号機の「北斗星」ではあったが・・

昨日は、天気は良かったものの体も相当疲れていたので、公約通り全面的に休息に充てた。今日は2レには133号機がまた入ったようだったので、天気が下り坂で気の進まないまま家を7時半過ぎに出た。天気予報は昼くらいまでは曇りの予想であったが、既に路面には少し雨が降った跡が・・嫌な予感は的中し、外環に乗るあたりから雨がポツポツ降り始めた。草加を過ぎるとさらに本降りになり、そのまま川口からUターンして家に帰ろうと思ったくらいテンションは↓。曇りであれば、北浦和かなと思っていたし、もしかしたら3連休で帰京されているUさんにも逢えるかなとも思いつつ、現地に向かった。一応、現地に到着すると何とか雨は止んでいたので、この地の主であるPさんにご挨拶をしてカメラバックを開けようとしたら、何だか大粒の雨が・・・辛うじてカシオペアが来るまでには雨は収まったが、「北斗星」が来ても露出は上がらなかった・・狙いとしては正面がちに「ヒサシ顔」を強調したかったのだが、陽が射していないのでヒサシの影はなく、何だか「普通の顔」とあまり変わらない面構えになってしまい、またまた腕の悪さを露呈・・なかなか思い通りの写真は撮れないものだ。

帰宅するや、愛犬トイプーが「アタシの散歩はどうなってんのヨ!dogと体当たりで催促するのでちゃんと義務を済ませてあげた。室内で飼っているので、散歩から帰る度に足を綺麗に風呂場で洗ってさらにドライヤーで乾かさなくてはならず、お犬様の方がいいご身分である。今日は1122日でいい夫婦の日なんだそうだが、家内の誕生日が迫っているので今晩はちょっと奮発して地元のフレンチでディナーを予約。barかつて「料理の鉄人」にも登場した有名なシェフで味には定評がある店なので今からこちらも楽しみである。(写真・文:TBlog_20091122

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2009年11月20日 (金)

ラストチャンス

先週末の日曜日に奇跡的に正面から朝陽を浴びた「あけぼの」を撮ってから、二匹目のドジョウを狙うべく37の機会を窺っていたが、天候は極めて不順であり、今週は一日たりとも朝から晴れ渡った日はなかった。昨晩も例によって天気図とも睨めっこをしつつ夜に空を見上げると、冷え渡った空気の中で星がきれいに瞬き始めていた。「これはいけるかもしれない・・」JR東日本のホームページによれば日曜日(15日)の「あけぼの」は強風のため上下ともウヤとのことであり、ローテはズレている可能性が高かったものの、2chによれば昨日の2022レは38だったとの未確認情報もあり、今朝の「あけぼの」は37で上って来る可能性も捨てきれなかった。(最近は、殆ど誰も平日など朝練などやっていないので、カマ番号の目撃情報が極端に少ない・・)今朝は我が家周辺の朝4時の気温は3℃。もう完全に冬の気温であり、スーツ姿の上に防寒装備を施して家を出た。会社なので当然三脚など持っていけないが、例の場所では足場は必要なので、先日ホームセンターで買った折りたたみ式の踏み台を持参し、朝5時過ぎの電車に乗り、蕨の駅に着いたのが、6時過ぎ。通勤鞄はコインロッカーに放り込み、徒歩で現地に向かった。5日前の日の出時刻は6:16だったが、今朝の日の出は6:21。この5分の差は本当に大きかった。今朝も空に雲は全くなかったものの、6:30を過ぎ185系の回送が通過しても一向に線路に陽は当たらず、本当に「あけぼの」通過の12分位前になって、ものの車両1両分くらいの線路に辛うじて朝陽が射した・・とその時には前方のカーブを曲がってくる「あけぼの」が迫っていた。「やった!37だ!」陽は当たってもさすがに暗い。手持ちでISO8001/4005.0。私のレンズでは開放であり、さすがに条件は厳しく、色も出なかったので、満足のゆく結果は得られなかったが、まあ本当にこれが今年のラストチャンスだったろう。同業者もおらず、「世の中広しと言えども、こんなことをやっているのは俺だけか」とも思ったが、「人と同じことをやっていたのでは人と同じ写真しか撮れないナ」と勝手に自己を正当化しながら上野のファーストキッチンで朝食を済ませ、急いで会社に向かった。早朝からNYに電話、役員への案件説明、海外に出張させている部下への指示等々今日も盛り沢山で疲れた・・3連休もあまりぱっとしない天気のようだし、少し体を休めようかと思う。(写真・文:TBlog_20091120

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2009年11月18日 (水)

「日南3号」の想い出

12月号のダイヤ情報の中の、諸河久氏の日南3号の写真を見ていて、急に懐かしくなり、当時の写真をあさってみた。1974年(昭和49年)3月に小生と某I氏は都心にある某中学校を卒業した。彼は都立高校の受験が終わると、卒業式を待たずにとっとと宮崎に直行していたが、親もうるさかった小生は卒業式の翌日から宮崎入りした。しかしながら、彼とは全く別行動であり、小生としてもまともな一人旅としては初めてであったという想い出がある。前年秋に奇跡的に復活したC57の牽くハネ+ロザ×2付きという夢のような急客は「鉄道ファン」等の誌上を賑わせ、マニアの憧れの的であった。今から思えばもっとまともな場所で撮っておけばよかったと悔やまれるが、諸河氏の記事にも出てくる日向沓掛で交換した上り542D(だったのだろう)から降りて駅の進入を撮ったものである。ベタ順の夕陽を浴びて築堤を上がってくる勇姿は今でも忘れられないひとコマである。宮崎のC57はよく手入れがされ、この門デフの9号機も非常に美しかった・・(写真・文:TBlog_20091118

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2009年11月16日 (月)

セノハチ越え

Tさんが、最近(?)の略語のことを書かれていた。私としては「横軽」「セノハチ」などは、この趣味をはじめた時から使われていて違和感ないが、「オカポン」にはちょっと・・であるが、何とか受け入れられるレベルである。でも「ワシクリ」や「ヒガハス」にはついていけない。

機関車も「デゴイチ」「ゴハチ」「ロクイチ」は完全な常用語だが、「Pトップ」って最初聞いたときは「??」であった。でも数字の1をなぜか「ゲ」と読み、「ゲゲゲッパ」とか「ゲロマル」なんていうのは品性が無いというか「唖然」とした。

まあ所詮趣味の世界だから、その時代時代で色んな言葉が生み出され、一部のみは定着して、そのほかは忘れ去られるのであろう。

掲載の写真は「セノハチ」を「ベタ順」の時間帯に13両の「ハコ」を従え、「プッシュプル」で登る大窓の「ゴハチの64号機」である。情報は「達し」で調べて行ったが「お立ち台」に「置きゲバ」などなく「バケペン」のシャッターを切った。。。。

(写真・文:K.M.)

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2009年11月15日 (日)

朝陽がギラリ!の「あけぼの」

昨日は雨で家の中でくすぶっていたので、昨晩からは天気予報と睨めっこ。とは言っても小生の場合、単なる天気予報だけを見るのではない。天気図、時間毎のスポット天気、衛星画像の時間毎の推移、雨雲レーダー、三ッ峠の富士山ライブカメラ、そして何よりも自分の目で空を確かめること・・それらの情報をインプットし、自分の頭の勘ピューターで演算して結論を出す。これはかなりの確度でいけるもんである・・ところで、今朝は「あけぼの」一本勝負のつもりだったが、どこで狙うかは迷った。どうせもう頭には陽は当たらないであろうし、露出も暗いであろうから、できれば望遠気味で遠くで切ることでシャッタースピードを抑えたかった。でもせめて1/320くらいは切りたいものだ。蕨のSカーブも捨てがたく、偵察に行ったところ、「能登」の直前の時間で三脚は2つだけで、一応場所は確保できそうであった。しかし、家を出た時には北斗七星がキラキラ輝いていたのに、その時点の天気は最悪で、何だか暗雲が空一面に低く流れ、とても陽は出そうもなかった・・仕方ない、蕨の南側だったら少しは開けているのでまだ少しは明るいかもしれない。「望遠気味で狙ってみるか」・・ということで10/18以来の跨線橋を目指した。まずは「北陸」で試し撮りと思ったが、ISO32001/604.5というとんでもない暗さで頭を振る始末・・アレアレ、駄目だこりゃ・・今朝の日の出は6:16だからまあ無理もない・・そうは言っても「あけぼの」は何とかISO12501/3205.6くらいでは撮りたかった。幸い、例の暗雲は急速に流れ始め、太陽が向かいのマンションの壁面をオレンジ色に照らし始めた。それでも、線路には到底陽は当たりそうもないので、いつもよりホチキス2個分望遠気味にセットし、少しでも露出が上がるのを祈った。今日は何故か「あけぼの」の前に来る185系の回送が時間になっても来ず、遅れているのかと思っていたところ、急に陽がほぼ線路の正面から射し始めた。通過の約5分前である。10月に何度もここで撮った際には日の出は早かったものの、もっと斜めから陽が出ていた分建物の影に入り手前でないと陽は当たらなかったが、今日は望遠気味の構図でも頭に陽があたりそうだ。陽が当たる場所に再度ピンを置き直し、構図を微修正してターゲットを待った。1052号機ではあったが、運転手の方も思わず腰を浮かせてしまう程のド正面からの朝陽を浴び、高速で通り過ぎていった・・「まだ朝練なんかやってんのかよ!」と皆様には言われそうであるが、11月中旬に「あけぼの」を順光でモノにできたので自己満足しながら現場をあとにした。今朝は、「北斗星」は82号機のようだったのでそのまま自宅に帰り、前日の雨で欲求不満だった愛犬トイプーを連れて散歩に出たが、本当に空気が澄んで爽やかな朝だった。その後現像したが、あまりに「ギラリ」だったので、ナンバープレートは吹っ飛び、かなり苦労した・・(写真・文:TBlog_20091115

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2009年11月14日 (土)

羽田のPAN AM

今日は一日雨だし、おまけに寒いので、K.M.さんのPAN AMの写真を見て、私もPAN AMネタを探してみました。ありましたヨ。これは19785月の羽田空港のB707と思われます。そうです、成田開港直前の羽田空港です。自分でもこんなのを撮りに行ったこと自体全く記憶にないのですが、ポジをあさっていたら発見しました。当時から飛行機も大好きだった小生は、羽田の国際線の最後に記念に撮りにいったものと思われます。羽田も最近は前原大臣の「羽田ハブ空港化」発言で、また別の意味で国際線化が進むのかと思いますが、まあ当時は随分と古めかしい飛行機が飛んでたものですね。B707は、エンジン音もうるさく、航空燃料の匂いも相当鼻をつく匂いだった記憶があります。PAN AMに関しては、私はあまりいい思い出はなく、1988年にニューヨークに(結婚前でしたが)カミさんを呼んで、ナイアガラ見物にJFKからバッファローまで行く際にPAN AM EXPRESSがオーバーブッキングをして結局乗れず、慌ててJFKからNEWARKまでタクシーをすっ飛ばしてUS AIRかなんかに乗った記憶があります。復路はそのPAN AM EXPRESSに乗ってJFKまで戻ってきたのですが、私の記憶ではプロペラ機でしかも、滑走路に進む段階で主翼がビーンと伸びたような気がするのですが、そんな飛行機本当にあったのでしょうか?(何だか今考えても不思議な思い出です・・ネットで見るとATR42とかいう機種だったのか・・?)

JALの件は、私も危惧しております。少なくともB747-400は早々に引退に追いやられるでしょうし、実際、10/25から国際線では既にまたかなりの路線で777化が進みましたね。10/12に何の気なしに成田で撮ったJAL10便(シカゴ線)ももうB747ではないようです。小学生の頃に国内線のJAL DC-8には何回か乗りましたが、海外で最後に乗ったのは19888月のUAのサンフランシスコ-LAX間だったと記憶しています。当時アメリカではまだまだ平気で飛んでいましたので・・このご時世、1年後には成田も随分と様変わりかも知れませんネ。鉄ちゃんばかりでなく、成田にも足繁く通う必要がありそうです・・(写真・文:TBlog_20091114

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2009年11月12日 (木)

無煙化後の室蘭本線

久しぶりに投稿いたします。

昭和57年8月に、室蘭本線栗丘駅の岩見沢寄りで撮影した、室蘭本線の普通列車です。C57やD51が去って7年が経過していましたが、当時はまだ220番代の列車番号の客車列車が残っていました。この列車は、226列車あたりだったと思います。

客車編成は、蒸気機関車当時はスハ32やオハ62などが主体でしたが、さすがにこの頃はスハ45などの比較的新しいものが中心です。

今、このあたりは気動車の単行が2連しか走っていないようですが、単線になってしまったのでしょうか。 写真・文:YM

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2009年11月10日 (火)

37 「あけぼの」復帰

「あけぼの」の運用に日曜日に37が復帰したと聞いてウズウズしていたが、今朝はどうやら晴れそうな雰囲気(天気予報では、朝は曇りであったが、衛星画像だと東京近辺はどう見ても晴れの様子)であったので、ヤマを張って5時に自宅を出発。スーツに身を固め、いざご出勤!!といっても37「あけぼの」は日暮里では夏の光線のいい写真が複数あるので、今日はどうしても「走り」が撮りたく、久々に西川口へ。さすがに37復帰のニュースはネットでも超有名になっているので、先客が居ると思いきや、現地に6:08(「北陸」通過直後)に到着するも先客なし。それもそのはず、今朝の日の出は6:11。現地に着くと、全く雲はなく文句なく晴れていたものの、6時ではまだ夜が明け始めたくらいでまだまだ暗い。

37の「あけぼの」は、定時に来たが、ISO800 1/320 5.6がやっと。9/22Sカーブ以来の再会で、とりあえず今日の目的は達成したが、やはり暗く、色が出ない・・(まあ、仕方ないか、11月なんだし・・)その足で鴬谷のホームに35年ぶりくらいに行って推回を撮ったが、こちらは頭に陽があたりまあまあいい感じであった。今日も一日、会議と案件山積みで疲れた・・(写真・文:T Blog200911101_2

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JALに思うこと

JALが経営危機に瀕している。いったい何度目なんだろうか・・・

親方日の丸体質というか、まあこれまでの歴史の中での組合問題など、そう簡単に解決できないであろうことはわかっているが、今回の実態にははっきり言って驚いた。

ただ、規模が大きいとか、国の支援があるとか、絶対的なブランドがあるということだけで生き残れないのが過去の事例から見ても明らかである。パンナムを筆頭にTWAや最近ではノースウエストなど枚挙にいとまは無い。

はっきり言って、私はJALは好きだ。初めて乗った飛行機がJALのDC8だった。1971年9月14日のJL443便、羽田発モスクワ経由のロンドン行きだ。(レジが何だったかは「某Iさん」に調査をお願いしているが・・・)

趣味の観点からも、いろいろな機材を保有していてANAの単調なラインアップとの比較でも魅力的であはある。

年に40~50回は空港で航空機撮影に費やしており、間違いなくJAL機は「日常の超ありふれた光景」であるが、もしかしたら・・・という気もふとしたりする。

前出のパンナムのジャンボ、当たり前の光景で1990年の春にロンドンのヒースロー空港に降りてきた。それからしばらくしたら会社ごと無くなってしまうなど、このときは夢にも思わなかった。

(写真・文:K.M.)

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2009年11月 9日 (月)

廃車回送(EF581)

役割を終えて終焉の地に送り込まれる車両たち、いわゆる廃車回送には胸打つものもあります。電車であれば「自力回送」もあり、これは「まだ走れるのに・・」という悲哀さを助長します。

機関車の場合には列車の「次位無動」が一般的ですね。ED161のように自力で「保存の地」に走っていったカマもありましたが。

写真はEF58の1号機の廃車回送です。浜松から大宮に送り込まれて解体されました。残っているのはナンバープレートくらいなんでしょうね。その後60号機の解体の話は有名ですが、トップナンバーはあまり話題にはなっていなかったと思います。

写真は確か掛川あたりでの停車中、入れ替えで本務機が離れたときに撮ったものです。どこかの愛好家が自作のプレートを持ってきて、許可をもらってつけていましたので、わたしも1カット撮らせてもらいました。

(写真・文:K.M.)

1983年11月3日

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2009年11月 8日 (日)

「久々の95北斗星」ではあったが・・

結局3時半に起き、4時に家を出て、片岡~矢板を目指した。東北道の途中、何箇所か霧が発生していたものの、星も見えており、まあ大丈夫そうな雰囲気。矢板インターに着いて晴れていなければ、そのまま蒲須坂に目的地変更することもできる。順調に上河内SA6時前に着き、トイレ休憩したが、明け始めた空も大宗が青空であり、「よし」という気分になって、車を進めた。

「異変」があったのは、その直後である。鬼怒川を渡る前から急に低い雲が立ち込め、真っ暗に。これは霧ではなく明らかに雲である。しかも局所的なものではなく、矢板インターまで状況は改善しなかった。下手をすると雨も降りだしそうなヤバイ気配。現地に行くとすでに同業者と思われる車が5台程駐車しており、相当人出は早そうだ。でも8010レまであと1時間半で爽やかに晴れてくるとも思えない。しかも、ここは那須連峰を間近に控え、謂わば山の天気のようなもの。蒲須坂のドン曇りの暗い写真も81-812度も経験済だし、ここはきっぱり気持を切り替えなくてはならない。ここで、「高速代かけてきたし・・」というような雑念に囚われていると命とりになる。「やはり定点観測場所まで戻ろう」と即決し、さっさと矢板インターから東北道を逆戻りを開始した。あとは、時間との勝負だ。こういう時にナビは大いに頼りになる。「でも、場所はあるだろうか?さすがに95復帰第一弾だし・・」まあそれなりに不安を抱きながら急いで現地に着くと7時前だった。

ちょうど三脚をセット開始された先客が一組。(その後から来られた一組も、先客の方もいずれもご夫婦と思われる方々。ご夫婦で撮り鉄されるとは何とも羨ましい。)いずれにしても、自分の定位置は余裕で確保できた。やはりみんなワシクリとか言っていても水沢踏切かインカーブに行くようだ。ヒガハスあたりも平日でパトカー出動した位なので日曜なら激混みだろう。結局、ワシクリあたりの天候も雲は怪しい動きをしていて、少し薄日は出ていたが、ISO400がやっと。影も出ていない状況で全く満足のできない結果に終わった。おまけに、全検明けでビカビカの車体を期待していたが、さすがに出場したのは9月で相当時間も経過し、車体はお世辞にもピカピカには見えなかった。(957/20の常磐線貨物96レの北柏以来。95の北斗星は7/18以来の同じ定位置以来であって、)何だか期待していた分、裏切られ、達成感の得られないまま帰路についた。ちなみに、16時過ぎの下り貨物運用に133が入っていたとの家内のベランダからの目撃情報。(鉄はしないが、ウチのカミさんは確実に頼りになる。catface最近、8094133と通常なかなか北斗星運用には入らないカマが牽いたが、いずれもスポット運用だったようで、記録に残しておいて正解であった。95北斗星も期待外れであったので、朝練も一段落と思いきや、「あけぼの」に37復帰とのニュース・・アレアレまだまだ休日の朝も早起きが続きますかネ。

帰宅後、愛犬の散歩dog、家内にランチと買い物、暗くなった天井の蛍光灯3か所の取り換え、愛犬の全身シャンプー等々日曜日とてまともに昼寝もできず、疲労困憊である。(写真・文:TBllog_20091182

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2009年11月 7日 (土)

樫斗星

最近日本語が乱れているので、大人がいい加減な言葉を使うと、世間にも、恐らく文章にも手厳しいUさんには一喝されそうだが、2ch的にはカシ釜+北斗星で「樫斗星」なんだそうだ。そう言えばこういった造語は最近よく耳にする。ワシクリ、ヒガハス、クマギョウ、オカポン、ゲッパ、カシガマ等々。復帰当初は何のことやらわからなかったが、こちらもそのうち感化されてしまってきており恐ろしい。

さて、81-922順目のローテに入ったが、定点観測は先日終了しているので、ゆっくり745分に家を出て久々にSカーブに行ってみた。(天気は薄曇りの様子だったので、北浦和か蕨か迷った末、まだ光線の良さそうな蕨を選んだ。)・・・が、現地には同業者は誰もいなかった。おまけに2レはまた定時になっても来ず、結局35分程度の遅れでやっと来た。(今日もこのあと愛犬のフィラリアの薬を貰いに動物病院に連れていかなければならないのに・・。最近、連日遅れているが、何でだろう。まだ、雪の時期でもあるまいに・・)Sカーブは定時に来れば被りはないことは経験済であるが、ターゲットが遅れて来るとこの場所は被りの恐怖に常に苛まれ、ついつい「米神の悲劇」を思い出してしまう・・結局、薄曇りのはずが晴れてしまい、白い頭だけかっ飛び、撃沈。つくづく腕が悪いと痛感する。Uさん大嫌いのカシガマだが、確かに正面からどアップで耐えられる面構えではないナ。

明日の952レはどこで撮るか迷うところだが、天気予報では関東は北に行く程天気は良さそうなので、久々に矢板あたりに行こうかとも思うが、8010レの現地通過が7:30過ぎ、ということは家を出るのは4時過ぎ。日暮里朝練なんかより余程早起きしなくてはならない・・晴れないと全く興味はないが、果たして天気は大丈夫であろか。人が多いのも懸念材料・・(写真・文:TBlog_2009117

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2009年11月 6日 (金)

大サービス

今朝の2レは、本当に久々の田端唯一のヒサシ付き133号機の牽引。(そうです、Rail Magazine 12月号の表紙を飾ったあのカマです)ここのところ毎朝ニューヨークとのやりとり等で午前中は予定がびっしりであったが、今朝はたまたまラッキーにも会議なし。何としてでも記録に残しておきたかったので堂々と遅出を宣言して、日暮里の1051の朝練のあと、いつもの場所へ133を撮りに行った。今日も天気は抜群であったが、何と2レは今日も50分程度の遅延。何とかさっさと撮って会社に行こうと思っているのに、辛い遅れだ。そうは言ってもここで帰ったら意味がないので、粘って何とか定点観測完了。慌てて車を最寄り駅である東鷲宮のコインパーキングに置き、ホームに上がっていったら、Pトップ(65-501)が旧客を牽いて通過していった。(唖然としたが、SL会津奥只見紅葉号の返却回送だったんだそうだ)続行の上野行きに乗って通称ヒガハスを見たら、何と50人程度は居たであろうか、おまけにパトカーまで出動するという騒ぎになっていた。(アレアレこういう大騒ぎを見るとかえって撮影意欲が失せる・・)平日であるにも拘わらず皆さん方何と熱心なことやら・・ということで、帰りは東鷲宮まで自ら「愛車の返却回送」に行くはめになったが、1レの先行の小金井行きに乗っていったら、久喜で1レの通過待ちとなった。番号を見てやろうとホームで見ていると、何と「81-95」が誇らしげに通過していった・・・

ってことは日曜日の2レは待ちに待った95ってことで、何だか最近の北斗星は92やら133やら95やら大サービスの様相だ。(罵声バルブ大会になることは必至なので行く気は最初からないが)今晩は「リバイバルはくつる」もあり、上野口はお祭り騒ぎである。それにしても81大好き人間のK氏は最近どうしているのだろう・・「はくつる」を撮りに青森あたりまで遠征しているのであろうか・・(写真・文:TBlog_2009116

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ロクイチの20系回送

T氏は依然として「北斗星」撮影に足繁く通っているようだ。自分が鉄道撮影から遠ざかっていた間も熱心に続けていたK氏や2人のM氏、海外の蒸気機関車に熱中し伴侶を得たM氏の活躍は知っていたが、T氏が復帰してこれほどまでにのめり込むとは…。
とにかくこれで昔の仲間の大半が、〝線路際〟に戻って来た。いずれみんなで磐越西線などに出向いて、往時を再現したいものだ。

先日、転勤先の大阪から東京での会議に出席するため一時帰省した。足かけ6日も自宅で過ごしたが、さまざまな用事をこなさなければならず、鉄道撮影したのは1日だけ。もうさすがに高崎線の上り夜行列車は日の出時刻が遅くなり、ぎりぎり「北陸」からの撮影だったが、それでもじゅうぶん堪能した。撮影地には早めに到着したが冷え込む朝だったため、少しの時間を車の中で過ごした。その点、大阪には車を持ってきていないから撮影地で列車を待つ間は厳しいだろう。
今、大阪でのターゲットは583系「きたぐに」、ブルトレの「日本海」や夜行列車の「トワイライトエクスプレス」がメイン。「日本海」や「トワイライトエクスプレス」はいずれも午前10時以降だから、日が高くなってからの撮影となるが、「きたぐに」は厳しくなってきた。6時台に大阪に着く「きたぐに」は向日町まで回送されるが、山崎通過が7時半ごろ。このところ大阪も寒くなってきたから、天王山の麓・山崎では大阪市内よりも冷え込んできたはず。そうなると車を持たない鉄チャンはつらい。「きたぐに」の撮影は来年まで中止して、あとの2本に精力を集中するか?中年鉄チャンの迷うところだ。

今回アップする画像は1982年の11月中旬撮影。EF5861が回送の20系客車を牽いたときのも。東海道本線の田子の浦あたりで撮影したと記憶しているが、午後の早い時間とはいえ雲が多く寒かった記憶がある。
このころもEF5861の20系は貴重な組み合わせだったが、ここに行ったI氏、H氏は客車よりもどちらかと言えばロクイチの正面を大きく写したい面々だった。風も強い線路際で、ずいぶん待った記憶がある。

(写真、文 U)6120_4

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2009年11月 5日 (木)

日暮里朝練

113日ほどではないものの、今日も結構いい感じで早朝から晴れていた。いつもは6時半過ぎに家を出て会社に向かうが、今朝は(「能登」「北陸」は捨て、)「あけぼの」だけ狙いに555分に家を出た。いずれにしても、日暮里は通勤途中なのでまあちょっと寄り道程度で済む。8月にも会社に行く途中で朝練はやっていたが、夏場はクールビズなので、スーツ・ネクタイは不要。お蔭であまり不自然ではなかったが、今朝は312日(そうダイヤ改正前の81の牽引する「あけぼの」を撮った時)以来の「スーツ姿の朝練」となった。日曜日の朝練の時は太陽が微妙に出ていなかったからわからなかったが、現地に行ってみるとちょうど撮りたい場所にいやな影が出ている。(アレアレ・・)駄目もとで連写したうちの1枚。まあ、お愛嬌ということで・・いつ37が運用に復帰するか戦々恐々であるが、今朝もまだ双頭機の1031であった。(写真・文:TBlog_2009115

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2009年11月 4日 (水)

夢空間

最近、三郷がローカルな話題になっている。先週の「出没!アド街ック天国」でも9月にオープンしたばかりの「ららぽーと新三郷」が大々的に紹介されていたが、コストコ、IKEAだけでなく、フードコートのご当地B級グルメもなかなかお奨めである。小生は「帯広の豚丼」に挑戦したが、結構美味しかったし、「富士宮やきそば」や「船場カリー」なんかにも長い行列ができていた。ところで、この「ららぽーと新三郷」に「夢空間」の客車2両、すなわちオシ25-901とオハフ25-901が展示してある。野ざらしに近いので、やや可哀想であるが、そう言えば2年前に「夢空間・北斗星クルーズ」なる団臨が復路は常磐線経由で運転されていたのを思い出した。当時は、当然小生は「鉄チャン休業中」であったが、自宅から見ていてこれは何だかちょっと撮ってみたくて我孫子に出かけて行ったのを覚えている。あとからよくデジカメ画像を見たら81号機だったようだ。何だか人が多いなと思っていたが・・・もっと毎回真面目に撮っておけばよかった・・(写真・文:T

2007106日 @我孫子Blog_2009114

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2009年11月 3日 (火)

雨上がりの文化の日

今朝は「雨上がりだからすっきりはしないだろう」と思い込み、さらに悪いことに4時半に一応起きて空を確認したところまだドン曇りだったので「さすがに朝練は駄目だな」と思ってもう一度ベッドに入ってしまったのが敗因。6時に再度起きたら、東の空に黒い雲を残すのみでピーカンの青空が広がっていた・・・(そりゃないよな・・)日暮里に車を飛ばせばギリギリ「あけぼの」には間に合わないこともなかったが、あわてて事故ってもいけないので自制して、92号機の2レの定点観測へ行くことに。(双頭機大好きのUさんは東京に戻られてしっかりホームグラウンドで「朝練」されていたようですね・・お逢いできなくて残念です。)

いつもの通り現地に到着すると、通常では考えられないインサイドの場所に三脚が1本立っている。(用水路の柵の内側で所謂お立ち台の10メートルほど前の草むらの中・・・しかも乗って来たバイクはお立ち台のど真ん中にこの上なく邪魔な置き方をしてある。)文句も言わずバイクに触らないように何とか4段三脚を上からブチ抜いてセットするが、隣の同業の方も迷惑そう。寒いので遅れの情報を見ながら気長に車の中で待っていると、通過の30分くらい前になってその先客はおもむろに三脚を数メートル後方に移動し、しかも後ろには何の断りもなしにエレベータまで上げ始めた。さすがに「それはないだろう」とクレームすると、先方は逆ギレ。要はこの方の理屈だと先に来てさえいれば何をしてもいい権利があるらしい・・・開いた口が塞がらないとはこのことであるが、会話が全く成立しないので諦めた。何とかこちらもアングルを調整して事なきを得たが、こういう輩がいるだけで「撮り鉄」自体がウザくなってしまう。二度とこういう方には出逢わないことを願うばかりだ。(写真・文:TBlog_2009113

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2009年11月 1日 (日)

久々の双頭機

もうカレンダーは11月である。

「北斗星」の番号潰しをやっていても、ゴハチの時のように、やれ大窓だとかHゴムだとかのように見た目のバラエティーがなく、81-9581-81、あるいはカシ釜以外は極端な話ナンバープレートだけ差し替えたら(私にとっては)みんな同じのようなものであるので、やはり81だけでは欲求が満たされない。「暗くて撮れないんだったら見物だけでもいいや」という気持ちで朝5時半前でもまだ夜が明けない中、朝練をしに日暮里へ向かった。

しかし道中ずっとまだ「夜」で、テンションも下がりまくり・・でも、現地に着けば(モヤってはいたが)何とか青空が覗いている。こうなると、さんざん撮った「1052の北陸」もやはり「腐ってもブルトレ」、だんだん元気が出てきた。関西に行かれたUさんには申し訳ないが、関東人にとってブルトレたるもの、文字通り、列車はもちろん釜も特急色(ブルー)でないとアドレナリンが出てこないようだ。そして、次に38のつもりで待っていた「あけぼの」は、遠目に見ても「あれ38じゃないぞ・・」何と久々の双頭機1031であった。「キター~~」という感じである。私にとっては双頭機自体8/281030以来、「1031のあけぼの」は実に6/13の西川口以来の再会であった。ということで、ゲテモノ好きの私にとっては「美味しく戴きました」。

 ・・その後、「日暮里朝練」には一応満足した上で「北斗星」の定点観測をしにいつもの場所へ。「99のカシオペア」のあと、「82の北斗星」は約1時間遅れで来たが、こちらも遅れた分光線は申し分なくベタ順で撮ることができた。(写真・文:T)

Blog_2009111

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