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2009年9月

2009年9月28日 (月)

自宅近くの撮影地

昨日、親の住む実家に遊びに行ってきた。2時間ほど居て軽く食事をして昔話をしてきた。もちろん社会人になるまではここに住んでいたので、学生のころはここから鉄チャンに出かけたものだ。

場所は中央線の東中野。今でこそ大江戸線なるものが通っているが、当時は新宿と中野の間の目立たない小さな駅だった。でも、今も当時の面影は色濃く残っているのは少し嬉しい気がする。地下化や高架化していないからなのかもしれない。

そんなことを考えつつ掲載の写真を見つけた。そう、ここは桜の季節は「有名撮影地」になるのであった。今も撮れるのかはわからないが、なんせここまで徒歩5分で行けるので、毎日の通学の行きかえりに開花状況を見ながら気軽に行ったことが思い出される。

1980年4月11日の撮影だが、今から比べればかなり遅い満開時期ではないだろうか。やっぱり温暖化が進んでいるのであろうか。

(写真・文:K.M.)

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2009年9月27日 (日)

週末の過ごし方(Part2)

皆さん、殆どご興味のない、また81話で大変恐縮です・・

昨日の10521051に幻滅したので、 迷った挙句、今日の朝練3兄弟は捨て、性懲りもなく一路矢板インターへ。晴れたら片岡~矢板、曇ったら蒲須坂と思って車を走らせたが、89日と同様さえない天候。他の皆さんは当然のことながら全員乗務員訓練もお目当てで来られていた。小生の場合、カミさんや愛犬への家族サービスも仕事に劣らずとても大事だと思っているので(このあたりがガツガツしていた昔とは違うところ)地元でやる「安中」以外、原則鉄チャンは早起きして午前中に仕上げるものと決めている。したがって特に悔しさもなし。結局お目当ての2レの露出は上がらず、またもや冴えない81-81の写真となってしまった。(本当にこのカマとの天気の相性は良くない)

・・ということで連休も終わり全く渋滞もない東北道を一路南下していたが、久喜あたりで8:40過ぎ。いつもワシクリ通過が8:50前後と記憶していたので、ほぼ北斗星と並走しているということに気が付いた。学生時代とは違って無茶な運転はしないことを心がけているし、U氏のように速く走れる車でもないので、その後もマイペースで巡航速度で走ったが、外環に入った段階で9:00。何度も通ったおかげで西川口通過は9:22頃とこちらも記憶していたので、「これなら間に合うか?」と一番近いと思われる蕨のSカーブに「ダメもと」で向かうことにした。結局現地には9:10前に到着したが、脚立は1つだけ・・乗務員訓練の影響が大きいとは言え81の人気の無さも改めて確認できた結果になった。

まあ、やろうと思ってできるものでもなくそんな気もさらさらなかったが、道が空いていたという好条件も重なった結果、「本線上の寝台特急の追っかけ」ができてしまったことに。(まあこれも欲のなさ故の「タナボタ」である・・昔の「山口」での追っかけとは訳が違う)

私事であるが、それからホームセンターでプランターの土を買って、途中で逢ったカミさんと愛犬の散歩に付きあい帰宅したところ、会社の人間から部下のご家族の訃報が入っており、そこから午後は殆どその処理に忙殺された。結果的に北斗星だけやってとんぼ返りして正解。明朝7時過ぎの「のぞみ」で名古屋へ行き告別式に参列することになった。やれやれ、文字通り「貧乏暇なし」である。81-952レに入らない限り来週末こそは休養したいと思っている・・

(写真・文:T

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2009年9月26日 (土)

赤の「出雲」

この週末は、どうも動く気になれず、自室にこもり過去の写真を振り返ってみた。フィルムをルーペで目を通す感覚、これも昨今忘れかけてきた感覚だが、昨今視力も落ちているせいか、ピントの山のようなものが一発で得られなくなってるのが情けない。あちこちページをめくっては、ルーペで・・をしばらく繰り返していた。

で、今回は、もう10年以上前にさかのぼってしまうが、「出雲」にEF651019号機が入った時のもの。当時は、田端区のEF65が、この「出雲」や「瀬戸」を牽いており、まれにレインボー機が充当されていたようだ。今のようなネットの時代ではまだなく、こういった情報も人づてであったと思う。天気は良いものの、平日の朝のため、ろくな撮影地まで出向くこともできず、たいした写真が残せなかったことが今さらながら悔しい。しかしそのブルトレも、この春で全て消えてしまったとは・・なんともやり切れない。

(写真・文 by  K )

1997-5-26   1002レ  EF651019 出雲2号   東戸塚-保土ヶ谷にて1997526_1002_ef651019bro

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2009年9月25日 (金)

紀伊田辺のキハ82「くろしお」

送別会続きでいささか飲み疲れ。この週末は少し自重しようと思うがどうなることやら。

昨日でEF6437が戦列を離れ台検のため秋田へ入場するらしい。そうなると明日から「あけぼの」に双頭連結器装備機が入る可能性が高まる。前回も予想が外れて悔しい思いをしたが、性懲りもなく明日はどこかへ出掛けてみよう。Sカーブに行けばまたT氏がいるかもしれない。とにかくもうかなりギリギリの明るさになってきたから「北陸」は撮れるかどうか?明日は曇り時々晴の予報だ。

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「Rail Magazine]を見るとタイムリーなことにキハ181系気動車の特集。大阪に行けば撮ってみたい車両の1つだ。国鉄時代の美しい塗装に戻る日が来ることを期待したいが、そうなると撮影対象の少ない関西では大人気となるだろう。あと2年ほどで全ての車両が引退となるから、ぜひとも昔の塗装に戻して花道を飾らせたい。
もともと気動車は好きだったが、キハ181系の原型とも言えるキハ82は模型でも何度か作ってみたことはある。小高模型のペーパー製キットだ。今でこそ一両も残っていないが、蒸気機関車と並べるとSLありし頃の北海道、山陰などのムードが味わえ、そう言う意味では名脇役と言えた。
キハ82はSL晩年の頃、北海道、紀勢、山陰、九州などでも走っていて、そのせいか案外写真が残っている。これはSL消滅後、紀勢本線紀伊田辺で撮影したもの。77年のゴールデンウィークのことだ。

(写真、文 U)Photo

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2009年9月24日 (木)

懐かしの大井町

1978年6月12日、大井町で撮影したEF5853+EF584の荷物35列車。ここ大井町駅そばの電車区脇の通路は関係者用道路だったが、当時は鉄道ファンの絶好の撮影場所で、柵もあり見通しも良く、加えて上り下り列車とも撮影に適していたからかなり頻繁に行ったものだ。今でも安全上、あまり問題はないと思うが立ち入ることができなくなったのは残念だ。
品川の総武線ホームで荷35列車の入れ換え作業を撮影後、京浜東北線で先回りするというパターンが高校生時代のひとつの撮影パターンとなっていた。特に4基のパンタグラフを上げて通過する長大編成のこの荷物列車は、晴れたら順光で最高のターゲットだった。日の長い時期にはブルトレにも良く、EF65PからPF時代にかけてここで撮ったものも多い。

この大井町から祖父母の住んでいた自由が丘は15分ほどで行くことができ、小遣いが足りなくなるとしばしばせびりに行ったものだ。私が鉄道に興味を持ったきっかけも、幼い頃に祖父母が蒸気機関車を見にあちこち連れて行ってくれたせいであることは間違いなく、そう言う意味では長続きする趣味の端緒をつくってくれ感謝している。祖父が先立ち一人住まいとなた祖母の家の玄関には、中学、高校時代に私が撮影した蒸気機関車やEF57のモノクロ写真が飾られていたのを思い出す。

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昨日は楽しかった。限りある時間の中でも屈指のひとときだった。年齢の上下はあれども忌憚ない話に花が咲き、いつまでも続いて欲しい時間だった。
これから東京を離れるがみんなの健康と多幸を願う気持ちはゆるぐことはない。

ありがとう!

(写真、文 U)

Photo

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2009年9月23日 (水)

5連休

K氏の投稿を見て、いったい自分は3月のダイヤ改正後何回出撃したのかと数えてみたら、朝練だけではなく地元のお気楽鉄チャンも含めて何と37日何らかの形で撮影に出かけていた。まあ、いいおっさんがよくも行ったもんである。(勿論「仕事」もちゃんとやってますよ、念の為・・)これも、暗い中でも撮影を可能とし、撮影後すぐに見て自分の好きにアレンジが可能になったデジカメの進歩に加え、このブログでU氏はじめとした皆様のご活躍をリアルタイムで見れるようになったネットの進歩等まあ「便利な時代」のお蔭だろう。一方で、何時間も前から場所取りだの、脚立持参だのと随分面倒な部分が増えたのも否めないが・・無論、大事な仲間の存在が一番の刺激剤であることは間違いない。

この5連休も、天気の極端に悪かった初日を除いて「○○の一つ覚え」で4日間3時起床の朝練をしたが、結局陽が出たのは初日だけであとは露出は上がらず、なかなか納得のいく写真はないのが現実。(ひとえに腕の悪さを痛感する)被った写真で大変恐縮ではあるが、U氏・K氏と遭遇する前の20日の「能登」をアップする。(これでもこの日がまだ一番明るかった・・やっぱりもう朝練シーズン終わりですね)

最近、昔のネガも見始めているが、明らかに違うのは、無駄なショットが少ないこと。F2のモードラなんてものもあったが、基本は1発入魂。全身全霊をこめてレリーズを押したもんだ。また、30年前は、某I氏の教えもあり、雲ったら白黒、晴れて順光の場合しかリバーサルは使わなかった。したがって、特にリバーサルのネガを見ると実に無駄がない。(基本、KR1/5005.6の写真のみ) 一方、最近の小生のEOS6.3コマで連写してくれるので、無駄なショットだらけ。しかもRAW+JPEGの設定にしてしまっているので、半年で70ギガもHDDを食ってしまっている。(しかも、Cドラに加えて外付けHDDとカミさんのパソコンにもバックアップをとっているので、この調子じゃとてももたない・・) 有効な整理法についても是非諸先輩方の教えを請いたいと考えている。

(写真・文:H.T.

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EF641号機

一昨日夜、長岡駅へ撮影に行ってきた。ここは上下6本の夜行列車が停車し、鉄道ファンにとっては今最も注目すべき場所だ。
午前1時過ぎから3時半頃まで、夜行列車が目まぐるしいほど発着し、撮影のためあっちへ行ったりこっちへ行ったり忙しい。結果は わがブログに報告するが、今日はEF64の1号機をアップ。

この写真は昭和49年頃、木曽福島駅に入れ替え用のC56を撮りに行ったついでにたまたま撮影していたもの。蒸気機関車現役時代はSL以外の車両をほとんど撮影していないのにどうしてこんなものを撮影していたのか不思議だ。きっとC56だけでは物足りなかったのと、ファーストナンバーということで撮ったのだろう。
中央西線にはD51が活躍していた頃にも行ったが、D51引退後にわざわざC56なんかを撮りに行ったというのも今になって思えば不思議だ。記憶の彼方に残っているのはD51時代に祖母と弟と3人で温泉旅行に行った際、木曽福島機関区を訪れ、そこでたった一回だけお世話になった越取今朝雄さんという助役さんに後日、同機関区で作成したポスターとカレンダーを頂いたこと。そしてそのお礼などで何度か文通しているうちに、残ったC56を撮りにうかがったのではないだろうかと思う。

木曽福島機関区は山峡のこぢんまりした駅で、機関区も狭かった。一部火災で焼失したラウンドハウスからターンテーブルの間は、機関車一両分のスペースもなかったのではないだろうか。狭い分、機関車の密度が高く見え模型のレイアウト(最近は「ジオラマ」などと言われているが)の参考には適していた。

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さて本日はこのブログに参加してくださっている仲間たちとの飲み会。ひじょうに楽しみにしているが、その前にちょっと田園都市線を撮影しようと思っている。

(写真、文 U)
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2009年9月22日 (火)

有難い人たち・・

秋分の日を間近に控え、今後は夜行列車の撮影には不向きな季節がやってくる。まあひと段落というか、何かホッとした感覚はなんなのだろうか?今春のダイヤ改正でEF64が「あけぼの」を牽引することとなり、1000番台に混じって0番台も引くことで話題の的となったわけだが、かくいう私も、この波にのまれて春から18回出撃していた。(数えてみると)何回行っても納得できる写真は数少ないが、今までと大きく違うことは、意識する友人が極身近に復活しているということで、これは自分にとって大変有難い結果となった。昨年からのU氏の凄まじいくらいの快進撃、最近遭遇し明らかになった、H.T氏の行動力。そしてN.M氏の国鉄時代と何ら変わらない情報量と先見性。どれも自分を大きく動かしてくれる。現場にいると、みんな30年前と何ら変わらない目をしているのだ。忘れかけていたものが、より大きくなって蘇ってくる。人生の半ば過ぎ、こんな気持ちにさせてくれるこの仲間たちを私は誇りに思う。

写真は、EF65時代の「あけぼの」、A氏からの情報で、旧レインボー機1019号機牽引のものだ。場所は今年よく行った蕨-南浦和間で、当時は、現在のような金網などなく、もちろん脚立なんぞは無用だった。ヘッドマークもカラーリングが今とは違っていて派手に見える。レインボー機には似合っているように思うがいかがだろうか?1993825_1002_ef65_1019_bro   (写真・文  by K )

1993-8-25    1002レ EF651019 あけぼの   蕨-南浦和

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2009年9月21日 (月)

EF5861(ロクイチ)牽引の20系客車

大好きな機関車が大好きな客車を牽引し、好ましい撮影地を走るということは愛好家にとっては見逃すことが出来ないイベントです。

EF5861(ロクイチ)の本来業務であるお召し列車の1号編成(御料車)の組み合わせは無論ですが、私は20系客車との組み合わせも忘れることは出来ません。

写真は1983年7月31日に回4541-回1540で実現した組み合わせです。このほかにも数回は61+20系を撮る機会はありましたが、編成の長さ、撮影地、ロクイチの雰囲気(※)など総合的に勘案すると、私の中ではこの時が一番の出来栄えでした。

(※)ロクイチはこの前年10月には栃木国体のお召し仕業に就き、この2ヵ月後にはあかぎ国体のお召しのために入場しています。程よい「現役感」の雰囲気が好きです。また「1番エンド」先頭という機関車の向きも好ましいものでした。

(写真・文:K.M.)

1983年7月31日 回1540 @目白

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2009年9月20日 (日)

EF621号機

今朝は南浦和で「北陸」「あけぼの」を撮影。詳しい報告はわがブログ「鉄道とそれにまつわる趣味のコト」 に記したが、とても満足する絵は撮れなかった。
ただこのブログにも登場するH・T氏に遭遇。鉄道撮影に復帰したお姿を遂にとらえる事ができた。残念ながら今日は休日だったので出勤前にスーツを着て撮影に臨む姿ではなかったが、昔の仲間とこうして線路際で再会するのは嬉しいもの。23日にT氏を含む大勢の仲間と飲む機会をK氏がセットしてくれたが、そのときの話のネタになるのは必至。ろくな写真は撮れなかったがウキウキした気分で帰宅した。

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前回のブログでEF15の1号機をアップしたが、同じ日に大宮のホームで単機のEF621号機も撮った。このころは電気機関車撮影を始めたばかりだから、運用表などを見て撮りに行ったわけでもなく、ただ駅のホームでひたすら何か来るのを待って撮ったはずだ。
漠然と待っていたわりにはファーストナンバーが2両も撮れてラッキーなのだが、全廃された蒸気機関車と比べると「こんなもんか」といった程度にしか感じなかったことを憶えている。

次回はEF641号機。

(写真、文 U)Ef621

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2009年9月19日 (土)

EF15の1号機

蒸気機関車全廃から約一年半後、鉄道撮影に復帰し高校の同級生K氏と初めて行った大宮駅ホームで撮影したEF15の1号機。川越線ホームからの撮影だったと記憶しているが、当時EF15などはゴロゴロ走っていたから、いくら1号機とはいえあまり印象に残っていない。

今年3月に長岡車両センターに配置され、「あけぼの」運用に就いているEF64の37,38号機を甲府機関区時代に撮影しているとのメモが残っていて、そのネガを探しているうちに見つけ出した。肝心のそのネガはまだ見当たらないが、こんなものを見かけたのでスキャンした次第。
その後、長岡機関区所属のEF15は首都圏に来る運用が消滅した。同機とはその後、77年に信越線の押切付近で遭遇したが、あいにくナンバープレートと反対側から撮影したため1号機とは分かりにくい写真になってしまった。なんとなく撮影した一枚が今になってみると貴重なカットになった。
(写真、文 U)
Ef151

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2009年9月18日 (金)

解体されるEF579

1976年、解体中のEF579。国鉄大宮工場の解体場を金網越しにのぞいて撮影した。
蒸気機関車全廃後、約1年半のブランクを経て鉄道撮影を再開したころはすでに電気機関車も新旧交代が本格化し、この大宮工場の解体作業場にも他にEF10などが取り壊されるのを待っていた。
まだ高校生の頃で、距離に見合ったちょうど良い焦点距離のレンズがなく135ミリでギリギリのフレーミングとなり、特徴のパンタグラフが切れてしまった。ナンバープレートも付いたままだったのは、まだ蒸気機関車と違ってそれほど注目される存在ではなかったためだろうか?
33年も前の記録だ。

(写真、文 U)
Ef579

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2009年9月15日 (火)

仲間のありがたさ

Mさん、本日はありがとうございました。おかげさまで一般型EF64の38号機牽引「北陸」を撮影することができ、これで心残りなく転勤することができそうです。もちろん今後、茶色塗装の37号機でも入ればそれはそれでぜひ取りたい対象となることは間違いありませんが、これからの日の出時刻を考えると走行シーンを撮るのは至難のこととなるでしょう。
あらためて仲間に助けられたことを感謝する次第です。

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自分のブログにも記したように本日、EF6438号機の「北陸」を撮影した。古くからの友人M氏の情報と彼の車に同乗させていただいたおかげだ。細かいことは省略するが、こういう時に友人のありがたさが身にしみる。
同行した南浦和ではこれまたM氏によって情報をもたらされたK氏も駆けつけた。やはり一般型EF64の「北陸」は撮っておきたい被写体だ。平日の早朝、しかも天気があまり良くはないというのに50がらみの仲間三名が集まるというのも趣味のおかげ。ありがたいことだ。

さてそのK氏の好きなEF80。今思うと地味な機関車だったが僕は社会人になる前、住んでいたところの関係でけっこう目にすることは多かった。あまり派手な列車を牽いている姿を撮影したことはなく、貨物列車が圧倒的だがK氏とは反対にひさし付きのEF80にはちょっぴり魅力を感じていたと思う。
この写真は筑波万博のお召し列車撮影後、K氏とともに常磐線の内原付近(だったと思う)で撮影した。雨上がりで夕日を浴びた姿はEF80の写真の中でも数少ないカラーの一枚となった。
(写真、文 U)Ef8029

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2009年9月13日 (日)

ツァイスレンズのこと

F6を購入し、まだ取説を読みながらカメラテストをしている頃、いつも立ち寄る目黒にあるSカメラに、突如ウインドーに並び目を引いたレンズがあった。Cail Zeissレンズである。今までS社のビデオレンズくらいしか知らなかったが、ZFマウントはN社カメラに装着可能ということで、悩みに悩んだ末、標準レンズを思い切って購入した。A氏曰く、本当に発色やボケは圧倒的に良いんだろうか?期待しながら、まだ不慣れなF6に装着して試写したことを思い出す。(写真・文 by K)

2006-5-3   4003レ

奥羽本線 早口-糠沢  F6  PLANAR  1,4/50mm   RVP50

                                                                                                                                       200653_4003_ef81114bro

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2009年9月12日 (土)

週末の過ごし方

やはり、週末の天気は重要だ。今朝は、朝からどん曇りで天気予報も一日雨の予報ばかり・・それでも昨日の朝出勤途上南柏で狙った2332000番台のバン付きのリベンジをするべく4時半過ぎに自宅から常磐緩行線を目視確認するが、今日は01K運用には入っていないらしい。(昨日はそんなの撮ってないで日暮里に行っていれば、64-38の「北陸」が撮れたのにと後悔しきり) 空も真っ暗なので、これでは北陸、あけぼのどころではない。(今日は37か?と気になるが、そうは言っても暗過ぎる)・・・ということで朝練はあきらめ、久々の土日の運用に入った81-81の2レを狙いに愛車を走らせることに。しかし、一向に明るくならず、むしろどんどん雲が厚く、暗くなってゆくようで、テンションも下がるばかり。この時期であれば頭に日が回ることを先週行って確認しておいた更科踏切に行くも、さすがにこの天気だと7時過ぎでも81-81でもマニアは皆無・・今日は光を気にしなくていいので、ワンパ側で撮れそうな場所を求めて周囲の踏切等を不審者のように徘徊するが、適当な場所は見つけられず、「困った時の駅テツ頼み」ということでネットで見かけた新白岡へ。 他に同業者も居なかったものの、まあISO8001/5005.6がやっと。(しかもいつも思うがこのカマはどう考えても他の北斗星色より一段濃い変てこな色なので暗いと色が出ないトホホ・・) タイガーロープも思ったより邪魔だったが、結局時間切れ。やっぱり8081といった専門分野の権威であるK氏に撮影地ガイドを拝聴してから行くべきだったかと反省。(結局、雨は降らなかったのでマ・イッカ・・)ところで、明日の朝はまた64-38が入るのかと二匹目のどじょうを求めて巷はパニックか?2009912blog (写真・文:H.T.)

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オールロネの団体専用列車

このところ鉄道撮影からご無沙汰。半月以上もカメラを触っていない。自分のメインターゲットである「北陸」「あけぼの」が日の出時刻が遅くなって、撮れる場所が限られてきたせいだ。この時期、撮影に適している大宮以南で撮ってみたいポイントがなく、さりとて新たな場所を開拓するほど時間が取れない。きっとK氏やT氏は足繁く出掛けて良い写真をものにしていることだろう。

今日は横浜・日ノ出町界隈で僕の送別会。アルバイトを含めた有志が10人ほど集まってくれて午後4時から飲み歩き。日ノ出町というのはあの悪名高き黄金町に隣接している地域で、昔から赤線地帯で有名だった。民家風の店で女性を買うシステムは最近まで続き、横浜市が浄化運動に乗り出して少しは治安が良くなったらしい。それでもまだソープランドや客引きも多く、おまけに暴力団事務所なども点在しているから女子大生を連れて行くような場所ではないが、なにしろ良い飲み屋がひしめいていてここにはまったらやめられない飲んべえの聖地なのだ。

今日のコースはまず串揚げメインの立ち飲み屋からスタート予定。その後近くの焼鳥屋に席を予約し、ほどほどのところでモツ料理の店に流れ、最後は妙な名前のメニューが揃う中華料理屋で締めることになるだろう。総勢10名、最後まで残るのは何人かといった「サバイバルゲーム」の様相を予感するが、明日は鉄道撮影に赴きたいので自己管理ができるかどうかも1つの課題。さてどうなるか?

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1978年11月に撮影したオールロネの団体専用列車。
東海道本線から紀勢本線に入り大窓のEF5866に牽引された。初日は根府川で撮影し関ヶ原を経て翌日ここ紀勢本線で撮影した。たしか某Iさんと一緒だったと思うが、この写真で分かるように編成にビニールハウスの骨組みがかかってしまったうえ、機関車にも変な棒や架線中がかかるわでひどい出来だ。買って間もないブロニカを手持ちで撮影した。 その後、このような豪華編成は走らなかったと思うから記録上、ちょっと物珍しいかもしれないが正直アップするのは恥ずかしい。
(写真、文 U)Photo_2

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2009年9月11日 (金)

銀塩の頂点「F6」は最高か!

今から4年前の夏、色々迷ったあげくに、それまでのメインカメラ「NikonF5」に変えて「F6」を購入した。当時F5に対して不満などなく、自分が使いこなせているとも思っていないが、近い将来、デジタルが主流になるということ、ニコン銀塩最後のFの一桁カメラになるだろうことなど、カメラとしての価値も将来生まれて、所有している満足感も得られるかな~なんて考えていた。確かに、F6はF5と比較してもさらに良いカメラだ。ファインダーも見やすいし、手に持ったときに非常に馴染む。質感が良いっていうのか。適度な重さと剛性感がたまらない。

しかしながら、この4年間どれだけF6とともに出かけただろう。恥ずかしながら、1年足らずではなかったのか。あの時「まだまだ自分はフィルムで・・・」なんて考えていたが、現に今では、デジカメしか使わなくなってしまっている自分が少し気恥ずかしい。カビの生えない程度に、年に数回は持ち出してシャッターを切らないと可愛そうだな、なんて考えてしまった。20051113_9524_ef6439bro

 

そんなNikonF6で撮った写真を、2005年11月13日  鳥沢にてNikonF6 AF-I Nikkor 500mmF4D ED S優先 1/500秒 AF-C  RVP100Nこの日は、15分おきに2本連続で団臨が上ってきて、どこも鉄チャンで溢れていた。

(写真・文 by  K )

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EF80の思い出

世の中ゴハチブームがますます加熱していく頃、その一方で私の中では気になっていた機関車がいくつかあった。そのひとつがEF80である。八丸はゴハチのようにエリートではない。華も少ないし地味だった。おもに常磐線しか運用されていなかったが、特急から貨物までオールマイティに使用されその個性を際立たせていた。私は、この八丸に関してはゴハチとは反対にヒサシ無しのタイプが好き。晩年、ヒサシ無しは内郷区に集中していて撮りづらかったが、運用などを調べてよく遠征していたことが懐かしい。

写真は、田端区の運用ではあったが、沼津のオールグリーンを牽くということで、悪天候の中出撃した時のもの。今見ても何とも不恰好なカマだ。けどその重厚感は忘れられない。何しろ通過音がカッコよかった。このあいまいな色も好きだった。過日、横川に保存されているボロボロのラストナンバー63号機を見て悲しくなった。そのカマには、熱くなって追いかけていた頃の面影は全くなかったのだ。  ( by K )198237_9442_ef8021x6bro

1982-3-7   9442レ  EF8021(田)     南千住にて

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2009年9月 8日 (火)

山陽本線を行く荷物37列車

80年3月30日撮影の荷物37列車。畏友H氏とともに山陽本線嘉川~本由良での撮影。
この荷物列車はそれ以前はEF58同士の重連牽引とあって人気を博したが、後年EF61とのペアとなった。広島のEF58の運用中でも白眉のスジで、これを撮るためだけに西へ向かったファンも多い。
このころ私は300ミリ級のレンズを導入し、列車を圧縮、大窓のEF58の特徴を際立たせることに力を注いでいた。特に高低差のある区間で列車が下ってくるアングルが好きだったから、同じ考えのH氏に案内されこの場所を選んだ。
当時使っていたオリンパスの300ミリはモノクロだとそこそこ使用に耐えうるのだが、カラーの発色が今ひとつで、そのときの経験から就職後直ちにニコンの300ミリF2・8という大口径望遠を購入することになった。

この後、H氏と山口線に転戦。山口駅で展示されているC581の横を高々と煙を上げて発車するC571を撮影したことを憶えている。

(写真、文 U)
Ef5869a3

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2009年9月 7日 (月)

EF30のお座敷列車

79年3月に下関で撮影したEF30の牽くお座敷列車。
以前のブログにも記したように、この日は福岡に単身赴任中の父のマンションから下関へ向かった。本命はここまでこの列車を牽いてくる広島運転所のEF5816号機で、PS16下枠交差のパンタに一体型ひさしで大窓という、人によっては好き嫌いの激しい異色機を狙いに行った。もっと東に行って走行写真を撮ることも考えたが、下関にいればEF30も撮れるという「おまけ」につられて安易ではあるがここに場所を定めた。
貫通扉付きの車両が好きだからこのEF30にも魅力を感じていたが、撮影できるのはほぼ下関と門司のホームぐらい。なかなかやっかいな被写体だった。
東急の7000系を彷彿させる顔つきは正面の運転室窓がもう少々大きければ、さらに好感度は増したと思う。

これから数年後、ブルートレインにヘッドマークが復活し、関門トンネルを走るEF30にもマークが付けられるようになったが撮影する機会はなかった。鉄道撮影をやっていくつか「大きな後悔」があるが、その中でもランクの高い「後悔」であることは間違いない。

(写真、文 U)
Ef30burogu_2

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2009年9月 6日 (日)

EH104号機

このところ怠惰な生活を送っている。酒を飲む機会が多くその結果、翌日に二日酔いを誘発、休日を棒に振ってしまう。こんなことではいけないと、今週は12日にセットされる宴会まで酒を我慢しようと思っている(果たしてどうなるか?)。
12日の宴会は転勤する私の「第一次送別会」と称される場で、アルバイトの女の子たち5,6人が主催してくれるそうだ。人の転勤にかこつけた飲み会というのが実際の性格なのだろうが、近頃の女子大生の〝積極性〟から考えると飲み過ぎた結果に一波乱ないとは断じて言えまい。

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アップする画像は1978年3月、岡山機関区で撮影したEH104号機。EH10は当時からひじょうに地味な機関車だった。箱形のボディは黒に黄色のラインが入り、試作型の1~4号機はパンタグラフが車体中央部に寄っていた。この頃から休車になる機関車が出始め、1,2号機などは吹田第2機関区でパンタグラフを落として留置されていた。軸重の関係からか山陽本線岡山以西に入線できなかったが、東海道の難所、関ヶ原越えにはその威力は発揮したようだ。
実は私もこのEH10はあまり撮影する機会がなかった。64両存在した中で約半数の34両ほどの写真が残っているが、何とカラーで撮影したのはこの一枚のみかもしれない。
岡山機関区で撮影したこのときは大失敗し、構内に止まっていたこの4号機のパンタグラフを上げてもらって(パンタが上がらないと試作機の特徴が分からない)撮影したものの、後でフィルムが入っていなかったことに気づき再度、お願いして撮らせてもらった。デジカメ時代の今となってはあり得ない失敗だが、今振り返ればこういうことも懐かしい。

(写真、文 U)
Eh104





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2009年9月 5日 (土)

旧友とともに・・(完)

未明に待ち合わせをして、夜明けとともに、「能登」「北陸」「あけぼの」「カシオペア」「北斗星」と5本の夜行列車を撮影、ここまでで、まだ朝の9時前である。これで解散帰宅すれば、十分一日が有効に使えるが、せっかくの時間であるから、ここからは余興。高速の休日割りを生かしながら東北道を北へ向かった。少しばかり早足にはなるが、状況によっては583系の「あいづ」に間に合いそうなのだ。しかしやはりというか、当然というか、なかなか思ったように世の中させてくれない。高速に乗ってしばらくで渋滞につかまってしまい、計画変更と相成った。天気も北へ行くにつれドンよりとしてくるし、だいぶやる気も失せて来てしまったが、せっかくだからということで、常磐線に周り貨物列車を狙うことにした。一人だったら、絶対帰ってるよ!なんて言い訳をつぶやきながら、こうして二人で車を走らせているのも、また楽しく有意義な時間なのだ。常磐道を終点で降りて、原ノ町付近をうろうろと・・でも結局よいポイントが見つけられずに、広野の海バックとなりました。天気が良ければ映える写真になったはずなのに、と最後まで不完全燃焼で終わってしまった。まぁ結果はともかく、この時代、こうした時間を持つことの重要性を改めて感じた一日であった。2009829_92_ed75140 ( by K )

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2009年9月 2日 (水)

茶色塗装となったEF5889

このことろ選挙関連の仕事で忙しかった。何がどう忙しかったのかは置いておくとして、忙しくなるとそれに比例するように酒を飲む機会も増え体はボロボロ。肝臓がネを上げないのは普段のしつけが功を奏していると言うと、そろそろ手痛いしっぺ返しに遭うかもしれない。仕事のストレスを持ち込んで酒を飲むのは間違いなく体をむしばんでいるはずだ。

選挙も終わって今はホッと。来月の転勤を前にそろそろ本気で時間を作って鉄道撮影を存分に楽しみたい。赴任地の大阪などに行ったらろくな被写体はない。貫通扉のないEF81のブルトレだけでは再び鉄道撮影から遠ざかってしまう恐れさえ生じかねない。
そんな懸念を吹き飛ばすべく、ここで新型カメラの導入を決めた。大枚をはたいて新機種を買えば、いかに被写体に恵まれない関西とはいえ使わなければ元が取れない―などと言い訳を考えながらの判断だ。
昨日、発表になったキヤノンのEOS7Dだ。画素数1800万にして、秒8コマ、しかもバッテリーを外付けしないですむから軽量だ。車を持って行かないから公共交通機関を利用した鉄道撮影には適している。そのうえ値段も15万円を切るかもしれず手頃ではある。カタログ通りのスペックならばそこそこ使えるだろう。
むしろ問題はパソコン。1800万画素の画像を取り込むのに今のパソコンでは不安も感じる。メモリを最低2ギガに増設したいところだが転勤に持って行く予定のPCは1ギガ以上の増設が無理。幸いキヤノンの画像処理ソフトであるデジタルフォト・プロフェッショナルは、ニコンのキャプチャーNX2に比べ動作も迅速だからどうにかなると期待しているが、果たしてどうだろう。

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今日は私自身あまり撮らなかった数少ない茶色になってからのEF5889号機の画像。1988年1月15日の撮影。この頃以降EF58人気が高まり、宮原の150号機なども茶色になったり、大宮では93号機が黄緑に、恵比寿かどこかでに展示されるEF58もブルーになったりと、なんだかメチャクチャな状況になっていった。喜ぶファンも多かったが、この傾向に辟易する人も少なくはなく、かく言う自分もその一人だった。ヘッドマークを付けたいろいろ妙な列車が走り回り、そのたびにかり出される機関車に悲哀を感じたものだ。
しばらくして鉄道撮影から約10年間ほど遠ざかるが、このブランクがあったおかげで今は冷静にEF651118やEF8195、EF6437、1001などの異色塗装機もほほえましく思える。この件についてはもう少し本心を吐露したうえで改めて述べてみたい。

(写真、文 U)
Ef5889

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2009年9月 1日 (火)

イベリア航空のトライスター(L1011)その4

トライスターの「その4」です。

今回は1997年冬から春にかけての数ヶ月間だけ運航された、スペインのイベリア航空のL1011、ロッキード・トライスターをご紹介します。

イベリア航空は、結構いろいろな機材を借りるのですが、そのほとんどをフルカラーに塗り替えてくれます。これはサウジアラビア航空なども似ています。

1990年代後半でもイベリア航空塗装のDC8なども見られました(貨物機ですが)し、その意味では結構楽しみな会社でした。当時勤務先がロンドンで、たまのスペイン出張の合間に、マドリッド空港で撮影したショットです。

(写真・文:K.M.)

1998年2月25日 スペイン・マドリッド空港にて。イベリア航空L1011  TF-ABM

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