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2009年8月11日 (火)

全検出場直後のDF501

EF58は我々の仲間の共通のターゲットだったが、私個人としては他にDF50も好きだった。蒸気機関車が消える前からDF50は紀勢本線や山陰本線で見かけなじみ深い車両だったし、鉄道模型でも購入した。
九州のDF50はヘッドマークが付くように貫通扉のフックが改造されているのと、運転室窓のHゴムが黒くて自分好みではなかったから一切、写真を撮りにも行かなかったが前述のように山陰、紀勢と四国には何度も撮影に行ったものだ。

その中で初期の試作型は亀山区に集中していたが、トップナンバーだけは四国でポツリ1両活躍していた。
初めて撮影したのは78年3月。高松運転所で止まっていたのをじっくり撮影する機会に恵まれた。その後、広島や九州への旅行途中に寄る都度、運用など知らないのに必ずめぐり会えたが、最初から1号機を狙って四国を訪れたのは80年4月のこと。多度津工場から全般検査出場直後のきれいな状態で定期旅客列車の先頭に連結され、配置区の高松運転所へ回送されるのを撮りに行ったのが最初で最後だ。
畏友H氏の情報で旅先の九州から四国へ飛び多度津構内で形式写真撮影後、ただ一カ所だけ順光になる讃岐府中付近でキャッチした。
これはそのときの写真。ブローニーのモノクロと35ミリのKRで撮影したが、大阪の知り合いも数名来ていて楽しい撮影だったことを覚えている

その後の1号機との邂逅は2回。大学卒業間近の旅行で松山に行ったときに偶然、駅構内に止まっていてバルブ撮影したことと、社会人になって大阪に転勤し、高松高裁に仕事で行ったとき、時間が余って多度津構内の跨線橋で貨物列車を撮影した折に、これまた偶然やって来た。
やがて数年して四国からDF50は消え1号機はお別れ運転などで使用されたようだが、撮影に行くことはなかった。
私とDF501との出会いは6回ほど。このうち5回はたまたまであったが、こんなことからひじょうに相性の良い機関車だったと思っている。
(写真、文 U)
Df501

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