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2009年7月27日 (月)

EF58 113けん引 特急「つるぎ」

1975年1月、山陰本線に2回、D51重連のサヨナラ列車が走りました。
12日(日)が長門市ー下関間、15日(祝)が米子ー益田間だったと思いました。
いつも直前まではサヨナラ列車なんて、と思ってたんですが、
結局情報を聞いちゃうと行っちゃうんですね、これが。

前置きがとんでもない話になってしまいましたが、
その2回のD51重連に行くとして、じゃあその間は何してるって話になります。
今なら北九州空港からバビュっと帰って、
当日の朝に米子空港か出雲空港に乗り込むんでしょうけど、
当時はそうはいきません。
で、結局12日の夜は下関から上り急行「音戸2号」に乗って、
13日は関西地区でEF58ブルトレをやって、
その日の夜の下り急行「音戸2号」に乗って広島へ。
14日は瀬野八で電車特急群を撮ろうという計画にしました。
そう、未曾有の大改正、新幹線博多開業に伴う50.3改正を直前に控えていた時期です。
蒸機にしか興味ないはずのぼくでしたが、
さすがに東海道本線関西地区、山陽本線に目が向いてしまいました。

で、10系寝台列車の「音戸2号」を降りた朝の話です。
大阪駅にはEF58「あかつき」「彗星」なんかは来るんですが、
EF58「つるぎ」「日本海」がやってきません。
日本海側の雪で遅れてたんですね。
「あかつき」「彗星」を撮り終わり、待ってても仕方ないので、
普通電車で米原方面へ迎えにいってしまうことにしました。
早く撮りたかったんでしょうね。
すると、滋賀県下に入ると雪がどんどん増えていきます。
東海道本線のダイヤも乱れ、停止信号でこちらも何度も何度も止まりました。
田村からの機関車はDE10じゃなくてDD50かもしれないと、米原進入を撮ることに。
でも、ここで誤算。
20系「つるぎ」はもうすでに大雪の米原に到着した後でした。
DE10だったかDD50だったかは知らないですが、もうDLは離れていて、
目の前には米原機関区からEF58 113号機が現われました。
雪まみれですごい写真になりそうだったんですが、戻る普通電車もなく、ここで撮るしかありません。
ホームに止まっている時には障害物が多かったので、
少しでもクリアにとホームを降りて構内を少し先まで雪をこいで発車を撮りました。
それがこの写真です。
(これはムリをせずに彦根の直線あたりで待っているのが正解だったですね)

(写真・文/某I)

Ef58_113sss

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