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2009年6月21日 (日)

ED75三重連

B社の飛行機の初飛行がまだ足踏み状態で、依然として東京におります。
ほかに撮影がないという、降って湧いた大チャンス期間なので、できる限りアップしちゃいましょう。

さて、5月に始まって以来、我々のブログにはさまざまな車種が登場しています。
タイトルでもあるEF58 61号機は言うに及ばず、
そのほかの旧型電機、交直流機、DL、電車などたくさんですね。
でもね、なぜかまだ登場してない車種があるんです。
それは交流機です。
そこで、先日の続きの捜索をしまして、「ゆうづる」あたりのED75でもないかと...
すると、先にこんなのが出てきました。
ED75三重連です。
ネガを見つけてルーペでのぞくと、それだけで「おー!」と記憶が蘇ってきました。

これは1976年8月くらいですかね。
奥中山のD51の残像を追い掛けて、東北本線十三本木峠によく出掛けていた頃です。
この頃の十三本木峠区間は、早朝に下り20系「ゆうづる」が4本立て続けに来て、
その合間にED75P重連の高速貨A3053列車、急行「十和田」なんかが下っていきました。
このゴールデンアワーが終わると、団臨でもない限り何も撮る列車はこれといってなさそうですが、
実は午後からも撮る列車があったんです。
というより、むしろその列車の方が大本命といえたかもしれません。
お昼の高速貨A3052列車の後を追い掛けるようにやってくる地域間急行2168列車です。
何といっても、2168列車のこの区間はED75三重連。
盛岡機関区のED75が先頭に立ちます。
ED75重連で1200tけん引できますから、あくまでも回送三重連ではあるのですが、
3両とも定期仕業という完全定期三重連でした。
ダイヤの線上にもきちんと△△という表記があったと記憶してます。

ちなみに、重連総括制御装置は文字どおり2両の機関車の主制御装置しか総括制御できませんから、
機関士は1両目と3両目の二組が乗務しています。
この時代ですから、ノッチ入れ、切りの際には今のように列車無線を使わず、
きっと気笛合図をしていたはずです。
写真は小繋ー奥中山間の4号オーバークロスですが、
ここからすぐの中山隧道付近が峠のサミットですから、
よく注意してれば絶気合図が聞けたかもしれませんでした。
今考えてみると、とても残念です。

さぁ、このネガと一緒にED75「ゆうづる」なんかがゾロゾロと出てきちゃいましたよ♪

(写真・文/某I)

Ed75_133_01ss

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

今日はあいにくの天気だったため鉄道撮影に行けず僕も家でポジをスキャンしていました。
実はED75の「ゆうづる」をアップしようかと考えたのですが、ひょっとしてそろそろIさんから出てくるのではないかと見合わせました。
ところが私が明日、アップする画像はそれどころではない〝畑違い〟もいいところのもの。
笑わないで見てやってください。

投稿: U | 2009年6月21日 (日) 23時55分

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