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2009年5月15日 (金)

ゴハチ以外のお気に入り

EF58を中心に撮影してきた我々のグループだが、メンバー一人一人にはそれぞれまた別に好きな機関車があったと思う。今は模型を中心に趣味界で活躍しているYM氏は当時、直流区間の貨物機としてゴハチと活躍を二分していたEF15。またK氏は常磐線を中心に客貨の先頭に立っていたEF80、その他の仲間もED16やEF16などといった機関車を、EF58を狙う合間に追っていた。どれも今は消え去り、忘れられつつある機関車だが、きっとこれらの古い貴重な写真を今後、このブログにアップしてくださることだろう。

かく言う自分が入れ込んだのがDF50。

この頃、DF50は山陰本線では末期を迎えていたが、その他の日豊本線、四国、紀勢本線ではまだまだ現役だった。このうち、九州の正面Hゴムが黒いタイプは僕の好みから外れていたため、足を伸ばす事はなかったが、四国、紀勢方面にはちょくちょく通ったものだ。

紀勢本線は蒸気機関車が走っていたころから和歌山の親せきを頼りに、学校が休みなると長期間、遊びに行っていた。SLが北海道だけに残るころにはいったん遠ざかるが、1976年から再び和歌山詣が復活、阪和線のEF58よりも僕はこのDF50を追い掛けることが多かった。

紀勢本線で活躍するDF50は全て亀山機関区所属。中でも4~8号機は試作型で車体の断面積が量産機よりも大きく、正面窓が大きいもので、ゴハチの大窓機同様、お気に入りだった。この頃の紀勢本線はファンも少なく、和歌山機関区などに駐泊する同機の撮影はのんびりしたもので、その後電化されEF58やEF15が入線し注目度が高まることなど予想できなかったほどだ。

この4号機牽引の貨物列車は77年4月に紀三井寺付近で撮影したもの。翌月の植樹祭にDF50重連のお召し列車が走るため、それに向けた整備の関係からか、機関車が不足し、四国から前面強化された28号機などを借り入れていた時期だ。翌年の電化に向けポールが立ち始めたが、午後1時すぎから3,4本の貨物や臨時列車が相次いでやって来た。親戚の家の自転車をこいで線路際に向かったことが懐かしい。

(文、写真 U)

Df504_2

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