就職して1年間は東京に勤務していたが翌1983年の5月大阪支社勤務となった。初めて実家から離れて親の干渉からも逃れられるとの解放感を強く感じたが、そんな雰囲気に浸ろうと思ったのは大間違い。とにかく忙しい日々で、今度は仕事から解放されたいと願うほどだった。当時は携帯電話もなかったしポケベルも普及していない、やっと自宅の電話が留守番電話になったような時代だが、いったん出社すると帰宅はほぼ深夜か未明。まして新人の身だから文句なんぞ言ってはいられない。こき使われたことを思い出す。
大阪で部屋を借りたのは阪急神戸線の西宮北口。先輩に、住むなら阪急沿線の西宮から御影あたりが静かで良いと聞いたこともあるが、鉄道撮影に行ってこのあたりの良さは自分でもよく分かっていたから、夙川だ岡本あたりを中心に家探しをした。結果、家賃と広さなどのかねあいから西宮北口から北西へ徒歩15分ほどのところにあるマンションを借りることになった。国道171号のすぐ近くで、窓から六甲山系が眺められ非常に環境の良いところ。結婚が決まっていた妻も大阪に転勤させてもらうことが叶い、大阪・堂島の会社まで40分ほどで通えたのは便利だった。
通勤に使う西宮北口駅はすぐ南にプロ野球・阪急ブレーブスの本拠地である西宮球場があったことは有名だが、鉄道ファンには阪急神戸線と今津線が交差するダイヤモンドクロスがある駅として知られていた。もちろん私鉄に疎い自分も存在は知っていて毎朝(夜はほぼ毎日、車で帰宅)それを眺めて出社するのだが、写真を撮ることは一度もなかった。今津線の古い車両を撮っておかなければいけないとの思いはあったものの、ついぞ地元の電車にカメラを向けることもなく、大阪での任期4年は終わろうとしていた。
そんな折、写真を撮る決定的なきっかけとなったのが神戸線・西宮北口駅の駅舎改造工事のニュース。転勤直後から構内には建設資材が置かれ、何らかの工事が始まるのだろうかと予想はしていたが、これによって名物でもあるダイヤモンドクロスがなくなってしまうと知った。
で、慌てて撮影したのが以下の写真。地上からでももちろん構内の配線は分かるものの、上空からの方が一目瞭然なのは確実。図面のようで面白味に欠ける写真だが、配線だけは分かってもらえるだろう。
上が宝塚方向。右が梅田方。

高架化される西宮北口の駅本屋が姿を現し始めていたころ。右が宝塚方向。手前の曲線は今津線から神戸線への短絡線。

左が梅田方。手前の曲線を通って今津線からの列車が神戸線へ乗り入れていた。

上が宝塚方向。
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お知らせ
このブログもそろそろ容量がいっぱい。引っ越しせざるを得ない段階となりました。そこで新たに「続・ロクイチ(EF5861)に集った仲間たち」を開設します。詳細が決まりましたら、あらためてお知らせしますが引き続き、よろしくお願いします。
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